広島大学東広島キャンパスは内陸に位置しており、そこから流れ出る水は角脇調整池に流れ込み、全長25kmの黒瀬川を経由して広湾に流れ込みます。黒瀬川は水の流量が少なく、さらにその水は流域住民の農業用水として利用されています。このような理由により、以前は東広島キャンパスからRI排水は放流することができませんでした。しかし、東広島キャンパスへの統合移転が進むにつれ、RI排水の放流への必要性が高まって行きました。そこで、東広島市と広島大学との間で以下のような内容の協定書を結ぶことによって初めて東広島キャンパスからRI排水の放流が可能になりました。
- 放流を行うRI排水は法律で定められているRI濃度の10分の1以下であることを確認したものに限定する。
- 排水中に含まれるRI濃度および重金属濃度の測定値を東広島市に提出し、東広島市の職員の立会いの下に放流を行う。
- 流域住民から説明を求められれば、誠意を持って回答する。
そこで、(1)を実現するために広島大学では、「広島大学からのRI排水の放流は広島大学自然科学研究支援開発センターアイソトープ総合部門の一箇所に限定して行う」ことになっています。したがって、当部門以外の部局から出たRI排水は法定濃度以下であることを確認した後、当支援部へ移送し、浄化ののち法定濃度の10分の1以下であることを確認し、市の職員の立会いの下公共下水道に放流しています。以上のようにして黒瀬川下流住民の安全を確保することで、東広島キャンパスからRI排水の放流を行うことができるようになりました。
排水処理・測定の実際~放射性同位元素管理担当の仕事
東広島市との協定を守り下流の住民の安全を確保するため、当部門にはRI排水の測定を行う「放射性同位元素管理担当」というものをを置き、放流水の安全管理等を行っています。 放射性同位元素管理担当の業務は次に挙げるものです。
- 東広島キャンパスの各部局から出るRI排水を集め、浄化し、放射線量を測定して安全(法定濃度の10分の1以下)を確認し、放流を行う
- 環境への配慮として、3ヶ月毎に角脇調節池および公共下水道の水中の放射線量を測定する
実際には、各部局から出たRI排水は各部局で前測定され、法定基準濃度以下であることを確認し、トラック輸送により当部門に運ばれます。運ばれた水は活性炭、キレート樹脂、イオン交換樹脂により浄化されます。続いて、浄化された水について、全β線、核種別(14C、3H、32Pについて)のβ線、高エネルギーγ線、低エネルギーγ(X)線の測定を行い、法定基準濃度の10分の1以下であることを確認した処理済水について放流しています。各放射線の測定方法は以下に示す方法で行っています。
環境放射能測定
広島大学では、東広島キャンパスから出されるRI排水の放流が環境へ影響していないことを確認し、黒瀬川下流住民への安全を確保するために三ヶ月に一度(2月、5月、8月、11月)角脇調節池(公共水域との接続部)および、公共下水道との接続部の二箇所について環境放射能の測定を行っています。環境中には普段実験室で用いる放射性同位元素のように高濃度で存在しているのではなく、極微量でしか存在していないので、非常に高感度の測定をする必要があります。そこで、当部門では以下に示すような方法で試料作成および測定を行っています。
放射線量の測定方法
(1) 全β線測定
この方法は核種を限定せずにサンプルから出る全てのβ線を測定する方法で、低バックグラウンド型窓無し2πガスフローカウンタを用いて1サンプルあたり3時間測定しています。 測定用サンプルの作成は、サンプル500 mlに硝酸0.4 mlを加え、蒸発皿、ヒーター、赤外線ランプを用いて水を蒸発させ、サンプルを乾固することで作成しています。
核種別β線測定
この方法は14C、3H、32P等のγ線の放出を伴わないβ線放出核種それぞれについて放射線量を定量する方法で、低バックグラウンド液体シンチレーションカウンタを用いて1サンプルあたり4時間測定しています。 測定用サンプルの作成は、プラスチックバイアルにサンプル8 mlおよびジオキサン、キシレンを含むシンチレータ(クリアゾル、ナカライテスク(株))を12 ml加え、攪拌してサンプルを均一にすることで作成しています。また、測定前に測定用サンプルを室温で半日放置し、液体シンチレーションカウンタ内(14℃、暗所)で半日放置し、さらに静電気除去を行っています。
高エネルギーγ線および低エネルギーγ(X)線測定
この方法はγ線およびX線放出核種を同定し、各核種についての放射線量を測定する方法で、高エネルギーγ線についてはGe半導体検出器、低エネルギーγ(X)線についてはSi/Li半導体検出器を用いて1サンプルあたり80,000秒間測定しています。 測定用サンプルの作成は、サンプル1 Lに0.1 M NaIを2 ml、1 M CsClを2 ml加え攪拌します。続いて、ホットプレートにテフロンシートを張り、上記のサンプルを流し込み、沸騰させないように温度をコントロールしながら蒸発乾固させることで作成しています。
測定結果
最も感度の良い測定である全β線の測定結果をグラフにプロットすると、図1のようになっていました。
法律で定められている排水中に含まれる放射性同位元素の濃度限度は3Hで2 X 101 Bq/cm3、
14Cで2 X 100 Bq/cm3、
32Pで3 X 10-1Bq/cm3 (最も低い値として)と定められています。
したがって、図1で示してあるデータから分かるように、東広島キャンパスからでるRI排水によって法定濃度限度を超えるようなことは無いと言えます。
また、図1の結果を詳しく見てみると、環境中に含まれる放射性同位元素の濃度には季節変動が有り、秋から冬にかけて最も高いと言えます。
これは、降水量(雨により大気中・土中に存在している天然放射性同位元素が川へ流れ込むなど)や、微生物による濃縮や、
季節風による大陸からの天然放射性同位元素の到来など様々な影響による結果であると考えられます。